「澱粉」の比重はおよそ1.6 g/cm3であり、それゆえに水に分散させると沈むのであるが、その現象は澱粉粒の中に、構成糖であるグルコースが極めてコンパクトに充填されていることを物語っている。
「澱粉」という言葉は、江戸時代の蘭学者であった宇田川榕菴が著書「舎密開宗」に記載したのが最初である。榕菴は1837年、40歳の時に「舎密開宗」初編を上梓した。舎密とはオランダ語の化学を意味する「chemie」の音訳で、「舎密開宗」とは化学入門という意味。その中で、オランダ語の「zetmeel」あるいは「zetpoeder」を訳して「沈粉」および「澱粉」という日本語を考案した。その後、「沈粉」(チンプン)ではチンプンカンと思ったのか、「澱粉」という訳語に統一した。zetは澱(よど)む、沈むという意味であり、 meelやpoederは粉という意味である。
1846年、榕菴は予定していた「舎密開宗」の完結版を果たせないまま49歳の若さで亡くなった。現在、「澱」が常用漢字に登録されていないため、「澱粉」が一般的に使用されていないばかりか、「沈澱」が「沈殿」として辞書にまで記載されている憂うべき状況にある。「澱」が常用漢字として早期に登録されることを切に願うものである。そのことによって、「舎密開宗」の完結版を見ないまま逝去した宇田川榕菴の霊も慰められることになるだろう。
静岡大学 客員教授
中久喜 輝夫