セルロースは植物の約半分を占める成分で、木綿(コットン)のように衣料品として使ったり、コピー紙や段ボールのように素材として使ったりと、私達の生活に欠かせないものです。セルロースはぶどう糖(グルコース)が数千個も繋がってできているので、うまく分解することができるとグルコースを発酵させてバイオ燃料やバイオプラスチックを作ることができます。自然界に最も多く存在し、もともと植物の光合成によって作られている物質なので、燃やしても二酸化炭素を増やさない「カーボンニュートラル」な素材として、色々な用途に使っていくことが期待されています。しかし、セルロースは非常に安定な物質なので、人間が化学的にグルコースに変換しようとすると、非常に濃い酸や高温で反応させなければなりません。一方で天然には、人間が澱粉を食べるようにセルロースを食べて生きるきのこやカビなどの微生物がいます。それらの微生物は「セルラーゼ」と総称されるセルロースを分解する酵素群を生産することができるので、私達がアミラーゼで澱粉を壊してグルコースを得るように、セルロースを分解しているわけです。
そのような生物の中で、最も有名なのがTrichoderma reesei(和名はツチアオカビ)というカビです。セルロース分解酵素を生産する能力が非常に高く、発見から80年経った今も世界中でこの菌もしくは亜種がセルラーゼ生産菌として使われていますが、実はこの菌は第二次世界大戦の時にアメリカ陸軍の研究者によって発見されました。当時日本とアメリカは戦争をしていたことは皆さんご存知の通りですが、アメリカ軍は戦場となっていた東南アジアに木綿でできた軍服やテントを送ると、すぐに使えないくらいにボロボロになってしまうことで困っていました。その原因を調べていたアメリカ陸軍のElwyn T. Reese博士が単離したのが、コットンを分解して生きているカビだったわけです。第二次世界大戦時にすでに化学繊維が使われていたらこの菌は見つからなかったはずなので、歴史の妙を感じる話しではないでしょうか。
東京大学大学院農学生命科学研究科
五十嵐 圭日子